No.57 戦略と戦術について

2017年6月1日

普段、何気なく戦略と戦術という単語を使っていませんか?
でもこの二つ、違う意味を持つのです。


戦略とは?
一言でいえば戦争に勝つための計略です。一国が戦争をしなければならないとしましょう。その時には、当然ながら国家の指導者はあれこれと事前に、またはその最中に色々な策を行う必要があります。
例えば、あの国とは不可侵条約を結んで、兵器の生産を進めるために産業界にあれこれ指示を出し、あの将軍を陸軍の司令官に任命して・・・などです。


戦術とは? 
一言でいえば戦闘に勝つための計略です。いざ戦争になれば、あちこちで戦闘が発生します。そこでは勝利するために、軍人があれこれと手段を講じます。
例えば、前方に歩兵部隊を展開し、それを戦闘ヘリで援護させて、別動隊は大きく迂回させて・・などなど。

なんとなくお気づきかもしれませんが、戦略とは戦場の内外に渡る出来事であり、大局的なものです。場合により、政治・経済・軍事に渡るものです。
対して戦術とは戦場での出来事であり、基本的には軍事に限定されるものです。


戦略と戦術はどちらが重要?
これは間違いなく戦略です。上記のように、戦略の方がよりスケールが大きく、戦術とは戦略の中に存在するものですから。
つまり、一戦場でどれほど勝利していようとも、戦争そのものが劣勢だった場合、その勝利は大局的に意味をなしません。

 

言い換えれば、戦術でどれほど優れていようとも、戦略に劣っていれば戦争には勝てないということです。

 

小国が超大国と戦争をしたとします。その小国には優れた軍事指揮官のA将軍が存在し、ある戦場で超大国の戦車部隊に少数で勝利します。

 

しかし、これは戦術的勝利に過ぎません。そもそも、小国が超大国と戦闘状態に突入した、という時点でその小国は戦略的に致命的ミスを犯しています。つまり、勝てるわけがないのに超大国と戦争をするというミス。軍事的、経済的、工業生産力などで圧倒的に優れる超大国の勝利は揺るぎないのですから。

 

つまり、この小国がこの戦争に勝利するには、戦術的勝利など追及する必要が無いのです。A将軍の活躍にも限界がありますし、そもそも国力に劣るわけですから長期の戦争など戦えません。ですので、初めから戦術的勝利は無視して、外交努力で戦争を回避するという「戦略」で、超大国と互角に戦う必要があるわけです。

 

上記からもお解りかと思いますが、多くの場合、戦略家とは国家の最高指導者であり、政治家です。軍人である場合も、よほど高位の司令官職などにある者です。国家規模の戦略を担当できるだけの地位と実力が必要ですから。

 

一方、多くの場合、戦術家とは軍人です。高位の司令官の場合もあり、さらに、それよりも低位の指揮官の場合もあります。政治家が戦場で指揮をとることは基本的にないでしょうから、政治家が戦術家であることはありません。

 

アメリカに当てはめれば、戦略の最高責任者は大統領です。制度上、大統領が全軍の頂点に立ちますので、大統領が最高司令官です。しかし、大統領は軍事の専門家ではないので、軍事の指揮などとれません。

 

そこで、具体的軍事行動は米軍の司令官に委ねます。ここで、この司令官を戦略家というべきか、戦術家というべきか、なんとも言えませんが、おそらくはワシントンなどの総司令部にて大局を見ながら指揮をとる以上、戦略家とするべきかもしれません。

 

この場合の戦術家は、実際に前線に立って部隊を指揮する軍人です。上記の司令官よりも低位の司令官か、もしくは実際に戦闘に参加しながら指揮をとる将校です。間違っても大統領ではありません。

 

つまり、戦術とは戦略の内部に存在する一要素に過ぎません。戦術的勝利で戦略的敗北を覆すことは極めて困難です。

 

大東亜戦争(太平洋戦争)での日本の敗北も、戦略がなく、多分に精神論的な思考で戦線を広げていってしまった日本と、勝つための指標(戦略)が明確であったアメリカとの差が見て取れると思います。

 

日本有数の企業である東芝の今の苦境をみると、どんな大企業も、戦略を誤るといかに兵隊(社員)が優秀でも戦いには勝てないことがわかると思います。

 

 

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